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よく似ている言葉だけど全然違います‥印象派・新印象派・後期印象派

印象・日の出
「モネ/印象・日の出」引用:Wikipedia

絵が好きな人なら、印象派という言葉はよく耳にすると思います。

しかし、ここに挙げる三つの印象派、「印象派」、「新印象派」、「後期印象派」について、その違いを理解できているでしょうか。

確認しておきたいと思います。

印象派

19世紀後半、ピサロ、モネ、ルノワールらを中心に、フランスで興った絵画運動を指して「印象派」と呼びます。

この名前は、第一回印象派展で、モネの作品「印象・日の出」を揶揄した批評家が、彼らを「印象派」と呼んだことに由来する造語です。

印象派の絵画運動は、西洋絵画の伝統である遠近法と固有色の否定という革命的なものでした。

出発はクールベやコローらの写実主義ですから、戸外の風景を見た通りに描いていましたが、やがて光の影響を受けて変化する色彩の「うつろい」に気が付き、それを描くようになります。

この「うつろい」を表すために生み出された技法が「分割筆触」です。

「分割筆触」は、固有色をいったん原色に分解し並置することです。

たとえば、〈紫〉なら〈赤〉と〈青〉に分けられます。この二色を交互に並べることで、離れた時に視覚混合的に〈紫〉に見えるというものです。

モネは「睡蓮」、「積み藁」、「ルーアン大聖堂」の連作で、移り行く時間の中で変化する色を見事に表現しています。
ルノワールは一連の人物画の中で「うつろい」を捉えています。

色の「うつろい」を描くことは、それまで西洋絵画が守ってきた「固有色」の否定です。

その高みを求めた印象派の画家たちは、色彩科学者のシュブルールの「色彩の同時対比の法則」に触発されます。

絵の具を混ぜるのではなく、画面に色を並置(並置加法混色)することによって、明るさの純度を保とうとしたのです。

つまり、減法混色ではなく、加法混色を実践しました。

また、シュブルールは、「補色の関係にある色を対比させることで「明るさ」を生む」、と説いたことから、印象派の画家たちは影の色に補色を使いました。

モネは、「日傘をさす女」で、光の影を紫色で描いています。

印象派は光の変化を描くために、好んで外に出て風景を描いたために「外光派」「戸外派」ともいわれます。

新印象派

「新印象派」と「印象派」…言葉は非常によく似ていますが、双方が目指したところは全く違います。

印象派のモネやピサロが示した色彩理論をさらに科学的に追求し、画面に一層の秩序と輝きをもたらそうとしたのが「新印象派」です。

感性に基づいて筆を運んだ印象派に対し、新印象派は観賞者に与える効果を予測して、色や技法を使いました。

いわば、計算された表現なのです。

代表的な画家と言えばジョルジュ・スーラです。

彼は、シュブルールの「同時対比の法則」、ジェームズ・マクスウェルの「回転混色理論」、オグデン・ルードの「近代色彩理論」などから、頭の中で混色ができることを示しました。

直接絵の具を混ぜることはせず、細かい点描で見る人の頭の中で混色させる方法を使い、より輝きのある画面を実現させたのです。
※ 絵の具は混ぜると明度、彩度ともに低くなります(減法混色)が、色を並置すると視覚混合による、輝きの失われない混色効果を得られます(加法混色)。

彼の代表作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が第8回印象派展に出品されると、印象派の発展と絶賛されます。

これを見た評論家は、スーラとその仲間たちを「新印象派」と名付けるのです。

スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」
スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」

スーラは31歳の若さで亡くなりますが、この考え方はシニャックに受け継がれ、後期印象派やキュビスムに影響をあたえました。

後期印象派

イギリスの美術評論家、ロジャー・フライが企画した「マネと印象派後の画家たち」という展覧会に出品していた、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンの画家たちを、特に「ポスト印象派」と呼びます。

印象派の影響を受けながら、そこから新たな展開を示した画家を指しており、特定の主義や様式のもとにカテゴライズされているわけではありません。

ポスト印象派は「印象派の後」という意味になりますが、日本で定着した感のある「後期印象派」という言葉は誤訳に近い。

セザンヌ

印象派が生み出した色彩には関心を示していましたが、構図と形が失われていることに疑問をもっていました。

対象を多視点で捉えようとし、また「自然を円筒・球・円錐で捉える」として、形の本質を追求したのです。

「サント・ヴィクトワール山」の連作は、その苦闘を示しています。

✅ セザンヌについての作品や生涯については、次のリンクで詳しく紹介していますので、興味のある方はご覧ください。

彼と親交の深かったエミール・ゾラとの友情をテーマにした映画「セザンヌと過ごした時間」も紹介しています。 ギヨーム・ガリエンヌが演じるセザンヌと、ゾラを演じるギヨーム・カネの二人の俳優は、どことなく本人に似ていて見入ってしまうほどです。
セザンヌファン必見の映画だと思います。

ゴーギャン‥クロワゾニスム

第四回印象派展に出品するものの、印象派の曖昧な形態に反発し、日本の浮世絵に影響を受けた「クロワゾニスム」という、輪郭線を強調して平らな色面で構成する手法を採用しました。

「説教の後の幻想、あるいは天使と戦うヤコブ」はこの頃の作品です。

「クロワゾニスム」は、対象の立体感や固有色を否定し、現実的ではない観念的な絵画空間を成立させるものです。

印象派の曖昧な形を受け入れることができなかったゴーギャンやベルナールによって始められますが、後に両者の間で創始者争いが起きています。

しかし、作品の質、量ともに圧倒的なゴーギャンが、この手法を様式にまで高めたことは言うまでもありません。

その後、南太平洋のタヒチに赴き、未開美術の中に絵画の方向性を見出し、はっきりした輪郭線、単純化した形、個性的な色彩が特徴の「総合主義」を生み出したのです。

代表作に「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」があります。

ゴーギャン
ゴーギャン 「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」

ゴーギャンを中心に活動した画家たちを「ポン・タヴェン派」と呼び、ゴーギャンに影響を受けた若い画家たちが結成したグループを「ナビ派」と呼びます。

(ポン・タヴェンはフランス西北部、ブルターニュ地方の村、ナビは預言者の意)

ゴッホ

印象派にとっての色彩は光や大気を表すものですが、ゴッホにとっての色彩は感情を表すためのものでした。

明るい光を求めて南フランスのアルルに移り、一時期はゴーギャンとも共同生活を送っています。

激しいタッチと色彩で、内面を生々しく伝える表現は、フォービスムや表現主義の画家たちに影響をあたえています。

代表作は「ひまわり」など。

✅ ゴッホについての詳細は以下の記事をご覧ください。

最後に

遠近法、色彩、人体、構図などの講座ブログは、「絵画講座 / インデックス」として、まとめてありますので、ご活用いただければ幸いです。

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