よくある質問に、「背景(バック)の色をどうやって決めたらいいですか」というものがあります。
それを決めるのは本人の哲学だと思いますが、何の考えも持たないまま描いている方は実に多い。
少なくとも、自分が描きたい絵を、静かな絵にしたいのか、爽やかな絵にしたいのか、情熱的な絵にしたいのか、殺伐とした絵にしたいのか・・・、くらいのことは考えておきたいものです。
その考えがあれば、イメージに近い色を選ぶことができます。
また、色には歴史や文化に基づいた、多くの人と共有しやすいイメージがあります。
それを知っておくだけでも制作に役立てることができるので、代表的な色のイメージについて取り上げてみます。
「赤」のイメージ
「赤」は太陽や血液の色を連想させます。
どちらも人間の生命を維持するために不可欠なものです。
そのため、「赤」はエネルギーの象徴でもあります。
運命の赤い糸
中国や日本では、結ばれる運命にある二人の間には、「赤い糸」があると信じられています。
その糸を、中国ではお互いの足首に結び、日本ではお互いの手の小指に結びます。
中国ではその成り行きを、「月下老」という縁結びの神様が見守っているそうです。
厄除けの赤
「赤」は病気や災害などの恐れるものに対して、抵抗力をもつとされています。
塗ったり、身にまとったり、食べたりするなどして使われてきました。
邪悪なものを神聖な場所に入らせないための神社の鳥居(赤ではない鳥居もあります)や、赤飯を食べること、祭りの際に子供の額に塗る「赤」はその例です。
「黄」のイメージ
黄色は有彩色の中では最も明るい色です。
目立つ色でもあるので、その特性を活かし注意喚起する色として使われます。
古代の農耕民族にとって、黄色は実りの色でした。
エジプトやマヤでは太陽の光の色であり、輝き続ける金には普遍の力を感じました。
注意を促す色
工事現場で使われているヘルメットや、通学用の帽子、危険な場所での警戒色などに使われています。
また、サッカーの試合では、反則に対して「イエローカード」を示し警告します。
おせち料理
おせち料理の定番である栗きんとんは、黄金の財宝に見立てられ、豊かな一年を願うために作られます。
あの光輝く黄色は、梔子(くちなし)の天然染料によるものです。
余談:卵の黄身はなぜ黄色いのか
卵の黄身の色は「エサ」によるものです。
とは言っても、青や紫になるわけではありませんが。
アルファルファ(「ムラサキウマゴヤシ」という多年草)と黄色いトウモロコシを使えば、黄身は褐色がかり、小麦と大麦なら淡い黄色になります。
白いトウモロコシなら、黄身の色はもっと淡い黄色になるのです。
カロチノイド(赤、橙、黄などの天然色素の総称)たっぷりのエサなら、人参のようなオレンジ色になります。
「青」のイメージ
どの時代、どの国においても多くの人に好まれてきた「青」。
青空や青い海からは「爽やかさ」などが連想されます。
また、「青」は感情の高ぶりを抑える働きがあり、平常心へと導く色でもあります。
日本の青
日本の「青」の歴史といえば藍染です。
蓼藍をもとにした染色で、藍色は濃い青を表す一般的な言葉です。
藍染の仕事着や足袋などはマムシ除けにもなり、外で仕事をする人にとって必要不可欠なものでした。
昔、蓼藍は染色にふんだんに使われるほど、たくさん自生していました。
そのため、藍染は庶民にも親しまれる色として浸透していたのです。
昨今、日常的に使うには、高価になりました。
ウルトラマリン
ウルトラマリンブルーは、アフガニスタン、ザンビア、チリなどで採掘したラピスラズリから作られます。
それ故、「海を越えた青」(ウルトラ(超える) マリン(海))という名前がつきました。
フェルメールの青としても知られています。
空の色はなぜ青いのか
子どもに聞かれると困ってしまうこの質問。
あなたは答えられますか。
太陽光線に含まれる青い光が、空気中の塵埃などにぶつかり、「散乱」することで青く見えるのです。
これを「レイリー散乱」と言います。
✅ 詳しくは下のリンクをクリックの上ご参照ください。
カブトガニの青い血液
生きた化石といわれるカブトガニには、青い血が流れています。
人間の血液には鉄成分により赤く見えていますが、カブトガニの血液は銅成分により青く見えます。
その血液はワクチンや点滴液、食品等に有害な毒素が含まれているかどうかを、瞬時にしかも確実に調べることができるため、生化学企業にとって欠かせない存在なのです。
どうでもいい話
怪獣ガメラの血液も「青」でした・・・。
「緑」のイメージ
「緑」という言葉は、植物の緑をイメージさせる色です。
この色からは、自然の中にいるような活き活きとした生命力や、癒しといった印象を受けます。
青と緑
これら二つの色は、日本では混同して使われています。
「青々とした緑」という表現はその一例ですし、「青葉」、「青田」などは、実際には「緑」を表している言葉です。
そもそも日本には、単独の緑の染料はそれほど多くはありませんでした。
そのため「藍」と「苅安」などから「緑」を作りました。
※ 「苅安」はススキに似た植物で染められた、青みがかった黄色。
そういえば、「青汁」も緑ですね・・・。
魔除けや再生
古代エジプトでは「緑」は生命力と永遠の象徴でした。
クレオパトラはアイシャドウに、「緑」を使っていたと言われています。
神々の絵やミイラにも、再生を願い目を「緑」で縁取りました。
余談:なぜ糸偏なのか
「緑」は木偏の方がイメージにぴったりだと思うのですが糸偏です。
漢和辞典に当たってみると、「糸」と「彔」水の澄んだ意」から成り、「緑色の糸」の意を表すとあります。
考えてみれば、色を表す漢字の部首が「糸」になっているものはいくつかあります。
「紅」、「紺」、「紫」、「縹 (うすい青)」 などです。
「絵」も糸偏です。
糸をより合わせて刺繍をするというところから、絵を表す言葉になりました。
では、「絶」はなぜ糸偏に「色」なのでしょう。
糸と「刀」 (「ク※」は変わった形)」と「卩(人がひざまずいている様子を表す(「巴」は変わった形)」から成り、刀で糸を切る意味を表します。
※「ク」‥「色」から「巴」を取り除いた形として代用しています。
「橙 / オレンジ」のイメージ
「橙/オレンジ」は赤と黄の混色によって得られる色です。
JIS慣用名には「橙色」、「オレンジ」の両方の名前が登録されており、どちらも同じ色みです。
「橙/オレンジ」を暗くすると茶色になります。
つまり、「橙/オレンジ」と茶色は同じ色の仲間ということです。
ちなみに、「だいだい」はミカン科の植物のことで、一本の木に何代にもわたって実をつけます。
このことから「代々」と呼ばれるようになりました。
縁起が良いとされ、正月の飾りに使われます。
温もりを感じさせる色
人が目にしたり、身につけたりした時に最も温かさを感じる色というデータがあります。
これは、「橙/オレンジ」が炎の色に近いからでしょう。
最高権威を表す色「黄丹(おうに)」
「黄丹」は紅花と梔子から染められた、華やかな赤みの橙。
日本では古来より「禁色」とされ、皇太子の礼服の色として用いられました。
南極観測船
「橙/オレンジ」は真っ白な雪と氷の世界で最も見つけやすい色として、南極観測船の船体に塗られています。
※ 色の見つけやすさのことを視認性といいます。
「紫」のイメージ
紫といえば大阪のおばちゃんの髪色を思い出します。
なぜ紫に染めるのでしょうか。
それはさておき…
高貴な色
日本ではその昔、ムラサキ草の根を使って染めていました。
濃く鮮やかな紫色を得るには、大量のムラサキ草と手間が必要でした。
そのため、紫を身につけることができたのは、ごく限られた人でした。
これは、西洋についても同じです。
「紫」に染めるには、プルプラ貝を大量に集める必要がありました。
この貝の分泌液を使って染めますが、一匹の貝から取れる量はわずか一滴です。
30mlの染料を得るには、25万匹の巻貝が必要でした。
曖昧な色
「紫」は赤と青のどちらの要素も持ち合わせた色です。
赤と青が混じりあう紫色の空は神秘的です。
体調の悪い時の唇の色は、死に向かう色でもあり、快復の兆しを感じさせる色でもあります。
醤油
醤油のことを「むらさき」といいます。
なぜそう呼ばれるかについては諸説あるようですが、その理由の一つに醤油が貴重品であったということが挙げられます。
高貴な色としての「紫」から、貴重なものの代名詞として、そう呼ばれるようになりました。
「purple」と「violet」
「purple」は赤みがかった「紫」を表し、「violet」は青みがかった「紫」を表します。
She was born to (in) the purple.
彼女は王家の一族として生まれた。
この例文からも、紫が高貴な色であると分かります。
どうでもいい話
ディープ・パープル(Deep Purple) はイギリスのロックバンドです。
色の名前ではありません。
「白」のイメージ
雪に覆われた世界では、どんな色もよく目立ちます。
「白」は何ごとも明らかにする色なのです。
ユニフォームの白
医療現場やシェフの白衣は清潔感の象徴です。
少しでもシミや汚れがあると目立つので、常に洗濯をしたものを着用して清潔でなければならないからです。
ウェディングドレスと白無垢
ウェディングドレスの「白」は「純潔」を表していますが、そのために選ばれた色ではありません。
1840年にヴィクトリア女王が、結婚式で白いドレスを着たことで広まったと言われています。
白無垢は嫁ぎ先への「純潔」と「忠誠」を表し、日本ならではの理由により選ばれているのです。
白装束
仏教では「白」は穢れのない色、つまり「清浄」を意味します。
白装束が死装束だというイメージを持つ方も少なくありません。
しかし、これには諸説あるようです。
白装束は巡礼者が身に着ける巡礼服ということから、故人が浄土への巡礼の旅に出る服装として着せるというのが有力です。
白百合
花言葉は「純潔」、「威厳」 です。
西洋絵画のテーマとして扱われることの多い「受胎告知」では、大天使ガブリエルが白百合を手にしています。
この百合も「純潔」を表しています。
白を使った言葉
・「白々しい」 ウソなどが明らかであるさま。
・「白を切る」 知っていながら、知らないふりをする。
・「白紙に戻す」 元の状態に戻す。
これらの言葉からも「白」のイメージが分かります。
「黒」のイメージ
全てを明らかにする白に対して、「黒」は全てを飲み込む強い色です。
白と対比して語られることが多いのも「黒」です。
恐怖を感じさせる色
「黒」は夜の闇を連想させる色です。
周りのものが何も見えなくなり、人は恐怖を感じます。
黒い服がもつメッセージ
裁判官が着ている黒い法服は、どんな色にも染まる事のない中立な立場と、公正な裁判を表します。
武道で熟練者が締める黒帯は、強さの象徴です。
フォーマルな場で欠かせない黒い礼服は、厳かで高級感があります。
これは14世紀のヨーロッパで、貴族の流行色であったその名残です。
白と黒
白の対極に在るのが「黒」です。
白は光を表し、黒は影を表します。
無罪と有罪は、それぞれ「白」、「黒」などと言います。
勝負の世界では白星は勝利を、黒星は敗北を意味します。
漆黒
わが国独自の「黒」として、漆塗りによる「黒」があります。
艶と深みを併せ持つ濡れ色は漆黒と呼ばれ、海外でも高い評価を得ています。
ルドンの言葉
我々は「黒」を尊重しなくてはならない。
なにものも「黒」を汚すことはできない。
オディロン・ルドン 「画家」
「灰色」のイメージ
白と黒の間の色である「灰色」は、周りとのバランスが取りやすい色です。
控えめでソフトな印象は、大人の色ともいえるでしょう。
高層ビル
都会に立ち並ぶ高層ビル群は、そのほとんどが「灰色」です。
グレーゾーン
物事の曖昧な領域を指す言葉です。
白でも黒でもない曖昧な状態を「グレー(灰色)」とたとえ、どちらとも付かない状態のことを指します。
鈍色(にびいろ)
日本では「灰色」のことを、鈍色と呼んでいました。
江戸時代になってからは、鼠色という呼び方が一般的になります。
「灰」が火事をイメージさせることから、避けていたようです。
四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)
江戸時代には奢侈禁止令という贅沢禁止令があり、町人は派手な服装が禁じられていました。
そこで、地味でも微妙な違いの「灰色」や茶の着物を纏ったり、裏地に派手な色合いや高価な生地を使うなどの工夫をすることで、お洒落をしていたのです。
当時、さまざまな中間色調を作り出すために、染め汁を混ぜ合わせていました。
四十八茶百鼠と呼ばれる味わい深い「鼠色」や茶色は、そうして生まれたのです。
「ピンク」のイメージ
パステル調の淡い色の代表といえば、ピンクではないでしょうか。
撫子
日本では撫子色と呼ばれる「ピンク」がありますが、英語の「ピンク (pink)」にも撫子属の植物という意味があります。
心理的効果
柔らかさを視覚的に訴え、緊張を和らげる効果があります。
「ピンク」は女性の「綺麗になりたい」、「幸せでいたい」という気持ちを後押しします。
「ピンク」のものを身につけたりすることで、女性ホルモンの活性化が促され、美容効果を高めると言われています。
女性をターゲットにした化粧品のパッケージには「ピンク」が使われているものがたくさんあります。
ピンクリボン運動
乳がんについての正しい知識を広め、乳がんによる悲しみから一人でも多くの人を守る活動です。
この運動のイメージカラーとして「ピンク」が採用されています。
余談:フラミンゴはなぜピンクなのか
カロチノイド※が豊富な藻やエビやなどの甲殻類をエサにしているからです。
※ カロチノイドは赤、黄、橙などの色を示す天然色素。
この色素を摂らないフラミンゴは白くなります。
「茶色」のイメージ
茶色は黄色と赤の中間の色相であり、オレンジと同じ仲間の色です。
この色からは緑と同様に自然の色をイメージします。
自然の色
大地や木々、落ち葉などの自然を連想させ、「緑」と同じように癒しの効果があります。
セピア
セピアはイカのことです。
イカの墨から作られた黒に近い茶色です。
古典絵画
古典絵画には茶系の作品が多く見られ、同様の色を多用すると古典風の作品に見えてしまい、新鮮味に欠けてしまいます。
インプリマトゥーラ : imprimatura(英)
イタリア語で「印をつけること」を意味する“imprimitura”に由来します。
油絵やテンペラ画の地塗りの上に施し、最終的な絵の具の発色をよくする効果があります。
通常、茶系の絵の具が使われます。
シラージュ
モノクロームの明暗だけで描いた絵画の総称をカマイユと呼び、その中でも黄褐色カマイユを「シラージュ」と呼びます。
かつては白黒で描かれた「グリザイユ」も、カマイユの範疇だと考えられていました。
泥んこ汚れ
子どもが泥だらけになって遊ぶ姿は微笑ましいですが、最近ではあまり見かけなくなりました。
国旗の色について
国旗は国の象徴ですから、形や色、デザインには意味があります。
国家の主義、思想、宗教、民族、文化などの要素が、色やデザインに託されているのです。
そのため、国旗に使われている「色」からも、そのイメージを考えることができます。
使われている色は、主に明視性※の高い色となっています。
※ 明視性:図形が伝える意味の分かりやすさのこと。
赤
・独立のために流した血の色 「エクアドル」、「コスタリカ」
・博愛 「フランス」
・共産主義 「中国」、「北朝鮮」
黄
・王家の権威 「スペイン」、「ブータン」
・鉱産資源 「コロンビア」、「ギニア」、「ブラジル」
・国の富 「アンゴラ」
青
・空 「エクアドル」、「ブラジル」
・海 「コロンビア」、「タンザニア」
・自由 「フランス」、「ノルウェー」、「パラグアイ」
・正義、友愛 「アルゼンチン」
緑
・イスラム教の象徴 「インド」、「スリランカ」、「サウジアラビア」
・農業や豊かな土地 「バングラディシュ」、「ジャマイカ」
・自由 「イタリア」
・誠実、希望 「ハンガリー」、「ポルトガル」
橙 / オレンジ
・ヒンズー教の象徴 「インド」、「スリランカ」
・プロテスタント 「アイルランド」
・鉱物資源、繁栄 「コートジボアール」、「ザンビア」
白
・平等 「フランス」、「イタリア」
・平和、正義 「インド」、「ペルー」
・希望、清浄 「メキシコ」、「ハンガリー」
・純粋性 「アルジェリア」、「シンガポール」
・雪 「チリ」、「フィンランド」
黒
・アフリカ諸国に多く、黒人、自由、大地などの象徴 「アンゴラ」、「ウガンダ」、「ガーナ」
・困難に打ち勝つ意思 「ジャマイカ」
参考図書
色に関する書籍だけでなく、構図や遠近法に関する本もあわせて紹介しているので、興味のある方は次のリンクからご覧ください。
最後に
絵を描く際には、色の効果やモチーフとの関係性など、色の持つイメージだけでは決められない部分もあります。
とは言っても、最初にも書いた通り、イメージを決定するのは本人の哲学です。
哲学がなければ何も決められません。
遠近法、色彩、人体、構図などの講座ブログは、「絵画講座 / インデックス」として、まとめてありますので、ご活用いただければ幸いです。
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